2021年の映画シーンは、どのようなものであっただろうか? 忘れられない作品はあっただろうか? 本サイトで映画評などを書いている「ヌルハチ」が選ぶ2021年の映画ベスト10、短評つき。例外的にネタバレしないよう気をつけて書かれているが、少しだけネタバレもあるので、観ていない作品の評論を読むときは注意しよう!
Written by ヌルハチ
第10位:『Swallow/スワロウ』
では、2021年の振り返りらしく、1月1日に公開された映画から始めよう。全く正月らしくない映画ではあるが。表向きは幸せそうな主婦が、食用ではない異物を飲み込むスリルに没頭していく映画だ。飲み込む対象は徐々に拡充され、ガラス玉や電池といったものから、画鋲やドライバーといった鋭利なものまで飲み込み始める。(直接的描写はないが)飲み込んだ異物を排泄するシーンもあり、非常に痛々しい。ストーリーが進むにつれ、彼女のバックグラウンドも明らかになり、なぜこのような行為に走るのかという謎が明かされる。一見幸せそうな結婚生活だが、彼女自身は大いに忍耐を強いられていたこと。あらゆる場面で他人に否定の言葉を投げられ、人生の主導権を失いつつあった彼女が取った行動、それが異物を飲み込み、痛みを感じることで、自己が自己であることを主張することであった。
主人公役のヘイリー・ベネットの演技が素晴らしい。彼女の巧みな演技によって、本作はスリラーに偏ることもなく、かといってメンタルヘルスの問題を提起するだけの映画でもない。重いテーマであるが、エンタメ作品として成立している。作品全体に漂う寒気の加減はヘイリーの演技力に依るところが大きいだろう。本作は監督の実体験をもとに着想を得たらしいが、鑑賞後は自身が癖で片づけていたことを、顧みたくなるはずだ。
第9位:『セイント・モード 狂信』
本作、劇場公開がされていないので、配信で鑑賞した。宗教がテーマであり、予告からもしっとり目の印象を受けたので、普段は殺人鬼やゾンビが暴れまわっている映画を見ている筆者には合わないかもしれないな、と思いおそるおそる映像を再生。全て覆った。主人公のモードはある過去の出来事から宗教に目覚めた信心深い看護師。この信心深さは尋常ではなく、何かが起きる度に全ての出来事を神の奇跡だと決め込み、彼女は信仰の域を超えた”狂信”の道を突き進んでいく。彼女のその狂信ぶりが本作の見どころだろう。
やがて、彼女は患者の魂を救うことが神から与えられた自分の使命であると考え、自分が介護しているアマンダという患者の魂を救うべく常軌を逸した行動をとり始める…最初モードの狂信ぶりを笑ったり、うんざりしていた視聴者も、段々と物悲しい気持ちになってくるはず。彼女は心の支えを宗教で埋めようとしただけなのだ。孤独と宗教の問題は、別に海外だけの事象ではない。オウム真理教に入信した若者は現実に充足感を得られず、麻原彰晃の説法に救いを求めた。普遍性のあるテーマをうまくホラーテイストに起こすことに成功している。80分強という尺の長さも個人的には評価ポイント。終始ひりひりした状況の本作にはちょうどよい時間だと思う。
第8位:『キャンディマン』
同名のホラー映画のリメイク(オリジナルの後日談という体なので続編といったほうが正しいのかもしれないが、本記事ではリメイクで統一する)。ホラー映画というのは一度当たると枯れるまで縮小再生産されていくのがよくあるパターンで、1992年というホラー映画がジャンルとして勢いが落ちていた時期に公開され煌きをみせたオリジナル版は3まで続編が制作され、『キャンディマン』というシリーズは徹底的に絞りつくされた。その上でまだリメイクである。ホラー映画のリメイクは往々にして外してしまうことが多い。
今作も期待せずに観に行ったのだが、オリジナルのエッセンスをちゃんと残した上で、社会風刺要素を強めた傑作となっている。キャンディマンの鉤爪や鉢の群れといった見たいものはちゃんと見せてくれるし、人もバンバン殺されてくれる。その上でキャンディマンという超常現象的存在に対して、説教臭くならない範囲で回答を提示している。オリジナルのピースを上手く繋げながら、Black Lives Matterに着地させるのはさすがジョーダン・ピール(脚本・製作)の職人技だ。鏡や影を利用した恐怖演出も印象的。
第7位:『オールド』
私がM・ナイト・シャマラン監督が好きな理由は、B級映画的な奇抜な発想の題材を「でも、面白そうじゃん!」という理由で大作っぽいパッケージに包んで出してくれるところである。私はシャマランのことを、お金をケチらないロジャー・コーマンと思っている。ただ、コーマンと違うところは真剣さだ。水をかけたら死ぬ宇宙人、実はスーパーヒーローだった主人公、都市社会から隔離された原始的な理想郷、こういった題材をシャマランは真剣に映像化してきたという説得力がある。
そんなシャマランが「急速に老化が進むビーチ」という設定の映画を公開した。答えは「面白いに決まっている」である。設定一本で押し通した映画ではなく、徐々に進行する異変の描写は秀逸であるし、シャマラン映画らしく、伏線やどんでん返しも用意されている。次々に成長していくキャストも見ていて楽しい。老化する恐怖がテーマの映画ではあるが、併せて子供と大人の時の流れに対する感性の違いや人生の短さ、誰もが経験する老化との向き会い方についても考えさせられる映画となっている。人生の方向性が定まっていない筆者は、重いボディーブローを食らったかのような思いになりました。
第6位:『サイコゴアマン』
本作の予告やキャラ造形を見たとき、その画面から漂う猛烈なトロマ映画臭から、奇天烈なキャラ造形でばかばかしいことをわちゃわちゃやっているいつものあの感じね、と公開時は本作の鑑賞を見送っていた。その後にU-NEXTで配信されたので、これを機会に鑑賞。すみません、上記は私の偏見でした。こんなに胸が熱くなったのは久しぶりです。
日本で育った男性の多くが、少年時代、日曜日の朝に戦隊ヒーローや仮面ライダーが怪人と戦う姿を見て胸を高鳴らせていたと思う。本作は、少年時代に体験したあの時の原始的な胸の高鳴りを蘇らせてくれる映画である。狙ったB級感というのは個人的にあまり好きではないのだが、監督の特撮愛が作品から伝わってくるので、B級なキャラ造形や設定が段々とかっこよく見えてしまうのだ。クリーチャー造形がCGではなく、着ぐるみなのも味がある。倫理観0でグロ描写もふんだんにあるけれど、根っこの部分は子供の時に愛したヒーローものなのだ。サイコゴアマンがちゃんと必殺技を決めて敵を倒すのも素晴らしい。ヒーローはこうでなきゃいけません。
第5位:『スウィート・シング』
世の中にはどうにもならない理不尽なものがある。大人は多少機転を効かせて理不尽に対して抗うこともできるが、子供は理不尽に対応する選択肢は少ない。「ドラえもん」はジャイアンという理不尽の象徴たる人物がいるから、時代を超えても共感されるのだと思う。話がそれてしまったが、妻が逃げて飲んだくれている男を親父に持つ子供たちの物語だ。アル中の親父は子供を虐待し、髪を無理矢理切る等の理不尽を押し付ける。降りかかる理不尽を前に彼らが取った行動は逃げることであった。ダーク版『スタンド・バイ・ミー』のような少年少女たちの逃避行が始まる。
本編は全編白黒の映像で構成されている。まるで彼らの心象風景を表しているようだ。題名にあるようなスイートな要素などありゃしない、ビターな展開が続く。しかし、現実の理不尽から逃れ、つかの間の安息を得られた瞬間、彼らの顔に輝きが戻り、色彩もカラーに変わる。この演出が素晴らしい。しかし、彼らは気づき始める。やがて、終わりが来ると。理不尽に正対しなければならないと。ラストをハッピーエンドとして片づけてよいのか、私は首をかしげている。人によって解釈が分かれると思うので、是非皆さまの目で判断していただきたい。
第4位:『花束みたいな恋をした』
普段邦画に対するアンテナを張っていなかった。なんとなく、なので理由を言語化できないのだが、簡単にいえば偏見を持っていた。本作も知人に勧められていなければ観ることはなかったかもしれない。まさか自分が菅田将暉と有村架純主演の映画を劇場に観に行くなんて思ってもいなかった。鑑賞後に一言。素晴らしいじゃないですか! 偏見で選択肢を狭めていた自分はなんと愚かだったのでしょう。その後同じ菅田将暉主演の日本版『キューブ』を観て撃沈するのだが、それはまた別の話。恋愛映画で初めて共感したかもしれない。胸に付き刺さった。
同じ趣味を共有していることが分かった時の感動と戸惑い、距離感の探り合い、そんな男女がデートに行ったりする場所、劇中のカップルは所謂サブカかぶれ同士なのだが、そんな二人が交際したら確かにこういうことするよなあ、という感じで描写に説得力がある。出会って付き合って、でこの映画は終わらない。社会人になって以前と同じスタンスを続けることの難しさ、生じる価値観の違い、そして別離を彼らは体験する。でも別れを決して悲哀として描いていない。この映画を見たカップルは別れるという言説があるようだが、個人的にはむしろ前向きになれる映画だと思う。劇中のシーンをチョイスするならば、缶ビール持って2人で道端歩くシーンが好き。
第3位:『SNS-少女たちの10日間-』
個人的に今年一番怖かった映画。ドキュメンタリーなんですけどね。製作国はチェコ。SNS上の児童への性的虐待の実態を暴くために、見かけは12歳程に見える成人している女優3名を選び、実際に12歳になりすましてSNSをし、どのようなレスポンスが得られるのか観測するというドキュメンタリー。実際に少女の画像をプロフィールにSNSアカウントを作ってみると、変態が来るわ来るわ。自慰行為の動画を送ってくる野郎、自分の性器の画像をドアップで送ってくる野郎。その後に「愛してるなら年齢は関係ない」「君の姿は魅力的だ」みたいな発言を王子様気分で畳みかけてくる野郎。
でも、そういったことをする人たちも表では社会人としての顔を持っていて、例えば子供向けキャンプの手配業を営みにしている人物が出てくる。人間には少なからず二面性はあると思うが、ここまで乖離しているとなると言葉も出ない。子供向けキャンプの人物はたまたま製作スタッフの知人であったため、後でスタッフ主導の罠に嵌められる。その時に彼から出る言葉は…続きは作品を観ていただきたい。個人的にこの時の彼の言葉は、彼自身の軽薄さを表しているようで、非常に腑に落ちるものであった。ところで、途中で若い男性が聖人扱いされている展開には違和感がある。ああいうのが一番厄介なやつだろうと。
第2位:『ライトハウス』
『スウィート・シング』に続き、本記事で二本目となる全編白黒の映画。監督の意向で、スクリーンのサイズまでこの映画は指定されており、舞台となる灯台の狭苦しさが伝わるようにとスタンダードサイズになっている。登場人物は二人しか出てこない。密室劇の金字塔の『12人の怒れる男』の1/6だから、いかに少ないかが分かるだろう。
孤島の灯台守として赴任し、世間から隔絶された状況に置かれた二人の男の会話劇で全編は構成される。一人は年配でパワハラ気質の男、もう一人は寡黙だが短気な若者。そして、二人とも何かを隠している。中盤まではこのむさくるしい男達の会話劇がひたすら続く。この会話劇は下らなくて非常に楽しいのだが、人によっては退屈と感じるかもしれない。でも、ここで鑑賞を終えないでください。後半からの怒涛の展開を見逃しちゃいますよ。その後、嵐が来て二人の灯台守は脱出できなくなる。ここからこの作品のテンションは急激に上昇する。全ての理屈を置いてけぼりにして灯台のてっぺんまで駆け上がる。前半のヒリヒリとした男同士の密室劇と、後半のジェットコースターを肌で感じよう。あと、この映画を観たら確実にロブスターを食べたくなるはず。鑑賞時はご用意を。
第1位:『ラストナイト・イン・ソーホー』
最高。やっぱ、エドガー・ライト好きだ。
筆者はビートルズが好きだ。そのビートルズを初めとした60年代のカルチャーが好きだ。60年代のカルチャーの主要発信地であった当時のイギリスが好きだ。そして、筆者はホラー映画が好きだ。殺人鬼が好きだ。クリーチャーも好きだ。どんでん返しも好きだ。あとは、かわいい女の子が好きだ。何も言うことがない。自分の好きなものが詰め込まれていたから。コロナで延期になって、ようやく公開された形だが、本当に待ってよかった。
途中挟まれる60年代なBGMの選曲もホント素敵で。パーティ会場に馴染めないのなら、The Kinksの音楽をヘッドフォンで聴いてやればいいのだ。1960年代と2020年代を行き来する構成、ショービジネスの光と闇、のっぺらぼうである理由、色々語りたいんです。でも、この映画に関しては、何も情報を得ていない状態で観に行ってよかったと個人的に思っています。途中の展開が読めないんですよ。なので、筆者は本作を2021年の映画で一番お勧めしますし、だからこそ何も情報を入れないで観てほしい。あ、レンタルが旧作値段になりましたら、ネタバレ解禁して話します…。