カヤバの心

ふとしたきっかけで、東京は中央区・茅場町(かやばちょう)のとある居酒屋を訪れることになった筆者。「明日は仕事もお休みだ!」――そうして訪ねた怪しげな赤提灯の先、酒で顔を赤らめながら堪能したディープな茅場町の酒場の光景を描く短篇エスノグラフィ。

Written by 川上修生

茅場町で木曜日に花金を過ごすことになった。

金曜日に代休をとることになったので、木曜日が事実上の週末となったわけである。

翌日の金曜は世間的に給料日。

花金に給料日という数ヶ月に一度の激アツな巡りあわせである。

そんななか、給料日前日の木曜が週末となった私は、 花金ならぬ花木というヘンテコな響きの世界を生きる事態になった。

そんなハナモクにふさわしい場所で軽くひっかけようと思って向かった場所は、茅場町。

まだ耳慣れぬ頃は、カバヤ町と何度言い間違いそうになったか分からないが、今でははっきりと言える、カヤバチョー。

目的は、以前から気になっていた「ニューカヤバ」という立ち飲み屋を訪れるためである。

二階建ての一階部分がガレージになっていて、軽自動車が二台収められており、一見するととても飲み屋には見えない。

だが、そこには「ニューカヤバ」と書かれた赤ちょうちんがぶらさげられており、間違いなく目的の場所である。

【居酒屋ニューカヤバ(筆者撮影)】

なかなか混乱を呼ぶ風景である。

勇気をもってガレージに踏み込むと、軽自動車の奥には引き戸があり、その窓の向こうの狭い店内にはおやじたちが赤ら顔でうごめいているのが見える。その圧力たるや。

店内のシステムはセルフサービスの極限のようなもので、日本酒や焼酎は自販機で、生ビールは硬貨を投入するとサーバーが作動して注がれる。

それだけでなく、焼き鳥はカウンターで購入した後、自分で囲炉裏で焼くという徹底ぶり。

セルフサービスの極限などというと、人件費削減のための効率化が徹底された様子が思い浮かび、いかにも温かみがないように聞こえてしまうが、どうやらここにはそれは当てはまらない。

郷愁を誘う店内の光景は、日中あらゆる方面に気を配り、気疲れしたおやじたちに安らぎを与える。そして、店員を含め周りが干渉してくることがない環境に自由を感じる。

ここのセルフサービスは、「自分でやってください」ではなく、あくまで「ご自由にどうぞ」なのだ。

この狭い店内で、我々は自由を謳歌する。誰しもがワンマン社長である。

私もビール一杯400円、焼き鳥一本100円の対価と引き換えに、一足早くハナモクのワンマン社長に就かせて頂き、ご満悦となった。

【ハナモクの一杯(筆者撮影)】

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