フェデラー、ナダル、ジョコビッチ、マレー。男子テニス史上最強クラスの選手が同時に4人現役でプレイし、テニス界を蹂躙してきたBIG4時代が終わろうとしている。今回は、再び揺らぎだした男子テニス界を今後牽引するだろう、活躍中の選手7人を紹介する「男子テニス入門編」である!
Written by ハマー
ヤニック・シナー
生年月日:2001年8月16日
国籍:イタリア
身長、体重:188cm、76kg
プレイ:右、両手バックハンド
【参考:ATP公式サイト各項目 】
現在、ベテラン・中堅・若手がバランス良く充実しているイタリアにおいて、若手代表格がシナーだ。彼の試合中の振る舞いは、ピンチでも動揺を見せない、感情を表に出さない、ミスから大きく崩れないなど、常に至って冷静。彼の年齢がまだ20代前半であることを忘れる程だ。プレイスタイルは、両ハンドともに堅実なグランドストローカー。手堅いラリーからテンポを上げてポイントを取るパターンが多い。特にバックハンドを得意としており、スピンの効いたボールもスピードのあるボールも両方打ち分ける技術を有している。また、リターンスタッツが良いことも特筆すべき点である。1stサーブリターンのポイント獲得率は約32%、2ndサーブでは約52%を記録し、いずれも選手中10位前後にランクインされる。強力なサーブを打つ選手が多い最近の男子テニスにおいては、彼のリターン力は魅力的な個性と言える。
シナーは大きな弱点がない反面、強力な武器がないとも言える。彼のラリー組み立ての軸となるバックハンドで優位をとれない相手には分が悪く、突破口を見いだせないまま負ける傾向が見られる(この傾向は錦織と共通しているかもしれない)。フォアハンドでより積極的にポイントを取る、バックハンドのスライスや緩いボールを組み合わせて相手に主導権を握らせない、などのプレイがもっと身に付ければ、更なる活躍が期待できるだろう。余談にはなるが、顔立ちがかつてのチェコの大人気選手、ベルディヒに似ていると感じるのは筆者だけだろうか。
ステファノス・チチパス
生年月日:1998年8月12日
国籍:ギリシャ
身長、体重:193cm、90kg
プレイ:右、片手バックハンド
【参考:ATP公式サイト各項目 】
今男子ツアーで最もオールラウンドなプレイをするのがチチパスだ。深いボールにも下がることなくライジングで処理する技術力、ストローク戦からテンポを上げてネットプレイに繋げる展開力、片手バックハンドではスライスも用いてボールの軌道とスピードに変化をつけて相手のタイミングをずらす駆け引き等、非常に多彩なプレイが持ち味の選手である。彼は対戦相手のプレイ内容に合わせてこれらの技術を組み合わせ、最適な戦術を取捨選択して試合を進めていく。試合中の彼は感情の起伏が少なく、冷静に粘り強くプレイすることも強味の一つである。それを示すように、ブレイクポイントセーブ率は約65%、選手中でも10位前半に位置する。強力なサーブ特化の、所謂ビッグサーバーが上位を占める中で、オールラウンドなプレイをする彼がこの位置にいることの特殊性を申し添えておこう。
一方で、リターンには課題がある。リターンが浅く、相手サーブの優位性を崩しきれないことが多い。これには、サーブコースの読み能力にも向上が必要だろう。リターンゲーム獲得率は約21%で選手中40位代、リターンポイント獲得率は約36%で、今回紹介する選手中では最も低い。得意のバックハンドスライスを用いて深くリターンする、あるいはフォア回り込みを増やす等、今後の技術向上を期待したい。
アレクサンダー・ズベレフ
生年月日:1997年4月20日
国籍:ドイツ
身長、体重:198cm、90kg
プレイ:右、両手バックハンド
【参考:ATP公式サイト各項目 】
95年前後生まれ世代·“Next Generation”の筆頭と言えばズベレフである。彼の特徴は、長身を活かしたプレイ。まずは、威力のあるサーブだ。220km/hもの1stサーブを打ち込むが、成功率は65%程度、全選手中10位前半程度の成功率を誇り、その高い威力と成功率が相手を苦しめる。従来は長身選手の俊敏性は低い傾向にあるが、彼は長いリーチと素早い切り返しによりストローク力、コートカバー力ともに非常に高い。ストロークにおいては、フラットなバックハンドを武器としており、クロスに角度を付けたり、ベースラインからもウィナーを取れたり、技術及び威力ともに非常に高水準にある。
一方で2ndサーブの弱さは欠点である。そのポイント獲得率約50%は、選手中60位後半程度となる。ダブルフォルト(以下DFと省略)も非常に多い。技術的にはスピン不足によりDFとなっているように見受けられ、彼が2ndサーブを打つ度にヒヤヒヤするほどだ。2ndサーブのバリエーションのためにもスピンサーブ及びその後の展開力向上は今後の課題だ。
また、グランドスラム(以下GSと省略)での勝負弱さも目立っている。これまでGS29大会出場してTOP10ランカーからの勝利が一度もないのである(2022年全豪オープン終了時点)。GSでの勝率は0.717、他のツアー大会よりむしろ少し良いのだが、ビッグタイトル獲得のためにはこの記録(ジンクス?) からの脱却も至上命題だ。以上、ズベレフについては、世界トップレベルのストロークを楽しむのもよし、彼の2ndサーブのスリルを楽しむのもよし、ネットプレイなど今後の向上に注目するもよし、どうすればGSで勝ち上がれるかを考察するもよし等々、多彩な楽しみ方ができる選手と言える。
フェリックス・オジェ=アリアシム
生年月日:2000年8月8日
国籍:カナダ
身長、体重:193cm、88kg
プレイ:右、両手バックハンド
【参考:ATP公式サイト各項目 】
現在最も成長著しい選手の一人がオジェ=アリアシムだ。21年4月の世界ランク22位以降、概ね上昇の一途をたどり、22年年初には世界ランク9位を記録している。今年の全豪オープンではベスト4に入り、2月には自身9度目のツアー大会決勝で悲願の初優勝を果たした。21年4月はちょうど“BIG4”の一角であるラファエル・ナダルを育てたトニ・ナダルを新しくコーチとして迎えた時期であり、世界ランクの推移からトニの影響は大きいと言える。
彼のプレイスタイルは、得意のサーブから積極的な攻撃をしかけるアグレッシブベースライナーだ。フットワークも機敏で決してサーブだけに頼ったプレイではなく、相手によっては攻撃からネットプレイまたはサーブ&ボレーといった引き出しも持ち合わせている。若手の攻撃的選手には似合わず(?) 、試合中は冷静な態度を崩すことなく、まるで30歳越えのベテラン選手のようでさえある。一部の選手にもぜひ見習ってもらいたい。
アグレッシブな攻めを展開するオジェ=アリアシムだが、フォアに比べてバックは比較的展開力に劣ると言わざるを得ない。本人も自覚しているためか、バックのボールは回り込んでフォアで処理することが多い。しかしそれは、今後の伸びしろでもある。バックの展開力、得点力を鍛える、あるいはスライス等を用いたしのぎ方を身に付ける。さらに、ドロップやより積極的なネットプレイなど、今後の更なる成長が楽しみだ。
余談だが、トニはスパルタ的な厳しい指導でナダルを育て上げたことは有名である。オジェ=アリアシムにも同様の指導を行っているのだろうか…。
デニス・シャポバロフ
生年月日:1999年4月15日
国籍:カナダ
身長、体重:185cm、75kg
プレイ:左、片手バックハンド
【参考:ATP公式サイト各項目 】
スリルに溢れた試合がお好きな方にはシャポバロフをお勧めしたい。防御する術を知らないかのような彼の攻撃的テニスはエラーもDF非常に多く、サービスキープまで毎回のようにヒヤヒヤさせられる。一方で、左片手バックハンドによる躍動感溢れるフォーム、超攻撃的なストロークからネットに詰める展開力、それらが生み出す会心のウィナーには人々を引き付ける魅力がある。自らのエラーでもつれさせた試合を、自ら攻め続けて最終的に制する彼のプレイを見てワクワクできたあなたは、このカナダの若手選手のファンになれる素質十分である。もっともファンになれば、「もっと心臓に優しい勝ち方をしてくれよ」と願うようになるかもしれないが…。得意技は片手バックハンドでは珍しい、ダイナミックなジャックナイフ(ジャンピングバックハンド)。ロマンである。
彼の欠点は、フラストレーションを溜めてラケットを投げたり、周囲の環境に不満を漏らしたりといった精神的な未熟さにある。思うようにいかないことにも割り切りをつけて受け入れ、時には耐えて、そこから自らその状況を跳ね除け切り開くような精神的強さを身に付けて、一皮剥けた姿を見せてもらいたい。そして、同国籍で同世代の友人のオジェ=アリアシムと切磋琢磨し、共に今後のテニス界を引っ張っていく選手になることを期待したい。
ダニール・メドベージェフ
生年月日:1996年2月11日
国籍:ロシア
身長、体重:198cm、83kg
プレイ:右、両手バックハンド
【参考:ATP公式サイト 】
メドベージェフは、2022年2月28日付ATP男子シングルス世界ランキングで1位の座を獲得した。これは2004年2月1日のアンディ・ロディック以来、約18年ぶりの“BIG4”外のワールドNo.1なのだが、この話を始めると彼ら4人の異常性が際立ち、本記事の趣旨とはズレるためまたの機会に譲ろう。
彼の特徴は、その長身と痩躯からは想像できないコートカバーリング力とスタミナだ。相手によりハイリスクのショットを打たせてミスを引き出したり、守備的ストロークから形勢逆転後の攻撃でポイントを重ねたりする、球質はフラットぎみのグランドストローカーである。武器となるバックハンドは、角度をつけて相手を左右に振ることも、深いダウンザラインでウィナーをとることもできる。また、長身を活かしたサーブも強力な武器の一つであり、相手に考える時間も与えずアップテンポでポンポンサーブを打ってゲームを展開する。時にポンポンDFするのは玉に瑕ではあるが…。リターンでは壁ギリギリまで下がって確実に返球し、得意のストロークに持ち込む。本人曰く「後ろは広ければ広いほど嬉しい」とのこと。
高レベルのグランドストローカーである一方、ネットプレイはほとんど行わず、技術も比較的低い。ネットプレイをしない、つまりその引き出しをまるまる一つ潰しても勝てるのが不思議なくらいである。今後の成長方向、ネットプレイを鍛えるのか、グランドストローク一辺倒で勝負するのかは注目点だろう。また、フォーム(特に打点後のフォロースルー)が変なことや、たまに見せる不思議な行動に注目するのも彼の試合の楽しみ方の一つではないだろうか。ただし、テニスをする良い子は真似しないように!
おまけ:全米優勝瞬間の奇行
おまけ:奇行集
カルロス・アルカラス
生年月日:2003年5月5日
国籍:スペイン
身長、体重:185cm、72kg
プレイ:右、両手バックハンド
【参考:ATP公式サイト各項目 】
今回最後に紹介する選手は、7人中最も若いスペインの新星、かつ今最も注目を集める選手の一人、アルカラスだ。彼は、ライン上に吸い込まれるかのようにストンと落ちるスピンの効いたフォアハンドが印象的な攻撃的ベースライナーである。フォアハンドドライブをストロークと攻撃の軸としており、スピンを効かせた角度のあるボールで相手を走らせてポイントに繋げる。スピンボールだけでなくフラットで速いボールも打ち分けることができるため、対策は一筋縄ではいかない。
リターンもアルカラスの強味の一つである。決して攻撃的なリターンをするわけではないが、相手のサーブを深く返すことでサーブのアドバンテージを消し、自らが得意なストローク戦に持ち込む。この点はクレーコート育ちのスペイン選手の特徴が出ていると言える。さらに、アルカラスの攻撃的なストロークばかりに注意しても、対戦相手は掻き乱されることになるだろう。というのも、ドロップショットも特筆すべき武器の一つであるからだ。ネットスレスレにコントロールされるドロップショットからは、彼のタッチセンスの高さが伺える。アルカラスはこのショットを試合中盤から使うことが多く、得意のストロークに緩急というアクセントを付与している。若干19歳の若さでありながら、高レベルのドロップショットを戦略的に使っているのである。
アルカラスのビッグタイトル獲得に向けての課題は、とにかくサーブ力だ。サービスゲーム取得率は約77%で、これは選手中60位程度の水準となる。彼の攻撃的なプレイスタイルの関係上、試合中にエラーが増える時間帯があることが予想される。その際にサーブで楽にポイントを獲得できれば、大きく崩れることなく安定して試合を進めることができるようになる。サービスゲームを落とさないことはすなわち、負けに直結しないということなのである。他にも、守備的プレイやネットプレイなどのプレイ幅の強化も必要ではあるが、彼のボールタッチセンスの高さからすると、それほど苦労するものではないだろう。シングルス世界ランキングTOP20入りを、ナダルより早い18歳9か月(ナダルは18歳10か月)で達成したこのスペインの若者が、今後どのような成長を遂げ、どのような活躍を魅せてくれるのか、世界中のテニスファンが期待に胸を膨らませて注目している。