男子テニスツアーで使用されるコートには、ハード/クレー/グラスコートの3種類があり、それぞれのコートによって異なる試合展開が見られ、それがまたテニスの魅力の一つになっている。今回は【テニス入門編】第二弾として、それぞれのコートの特徴を解説する。
Written by ハマー
1.ハードコート
ハードコートは、アスファルトやコンクリートの表面を合成樹脂でコーティングしたコートを指す。維持費が安価で、降雨後でも水を拭けばすぐに試合を再開できるなどのメリットから最も多く採用されているコートになる。一方で、表面は固いため足腰への負担が大きい、靴がコートに引っかかり足首を捻挫しやすいなどのデメリットもある。
表面の固さからボールのバウンドは比較的高く、球足も速め、イレギュラーバウンドが少ないことが特徴に挙げられる。ゆえに強打が得意な攻撃的選手、ボレーを多く用いるプレイスタイルもハードコートに適している。
男子プロテニスでは、1月~3月、8月~11月のシーズン終了までほとんどハードコートの大会となり、その中には1月の全豪オープン、8月末の全米オープンの2つのグランドスラム大会が含まれる。要するに、選手たちにとっても、プロテニスツアーを見守る世界中のファンたちにとっても、最も目にするサーフェスがハードコートなのだ。ハードを制する者こそテニスを制する、と言っても過言ではないかもしれない。
代表的選手(〇現役/●引退済;2022年6月現在) ○ノヴァク・ジョコビッチ(セルビア):BIG3(非人間)の一人。会場アウェイも気にしないメンタル化物。GOAT(Greatest Of All Time 史上最強)候補。 ○ダニール・メドベージェフ(ロシア):プレイが変人。ハードの実力は現役TOP! ○ジョン・イズナー(アメリカ):ビッグサーバー。当たり日には誰もフォアを止められない。 ●フアン・マルティン・デルポトロ(アルゼンチン):ユーモラスな巨人。フォアは棍棒でぶったたくようなフォームからミサイル! ●アンドレ・アガシ(アメリカ):史上唯一の生涯グランドスラム、ATPファイナルズ優勝、オリンピック金メダリスト。アメリカ人でストローカーの希少種。
2.クレーコート
クレーコートとは、土材質を固めた地面に砂を撒いたコートのことを言う(clay=土)。他のコート素材に比べて柔らかいため、足腰や膝への負担は少ない傾向にある。一方で雨には弱く、一度コートが濡れると乾くのを待たなくては試合ができないという欠点もある。
コート上でのボールのバウンドは高く、球足も遅いためフットワークが良くてグランドストロークが得意な選手に有利になる。コート後方からの長いストローク戦、左右の揺さぶり、ドロップショットも含めた緻密なストローク構成とフィジカル的にタフな試合を楽しめるだろう。これらの試合展開の特徴に加え、砂による滑りやすさを利用して球際でスライディングしながら打つ独特のフットワーク技術などもあるためか、クレーコートでめっぽう強い選手(クレーコーター)が一定数見られる。特にイタリア、スペイン、フランスなどを筆頭にした欧州諸国では、幼いころからクレーコートに慣れ親しんで育つためクレーコーターを多く輩出している。
男子プロテニスツアーでは大まかに、1月末~2月末の南米、4月~6月初旬の全仏オープンまでの欧州、全英オープン後の7月中の欧州がクレーシーズンとなっている。そのうち、南米は欧州のクレーコーターが参戦してもすぐ敗退することが多い「魔境」なのだとか…。
代表的選手(〇現役/●引退済;2022年6月現在) ○ラファエル・ナダル(スペイン):BIG3(非人間)の一人。全仏13勝の土魔人。もはやテニス魔人か。GOAT候補。 ○ディエゴ・シュワルツマン(アルゼンチン):身長170cm。リターン巧者の技巧的ストローカー! ●ダヴィド・フェレール(スペイン):性格は誠実、試合中は闘争心溢れるファイター。フェデラー、ナダル、ジョコビッチ時代に世界ランク3位! ●マイケル・チャン(アメリカ):男子シングルスグランドスラム最年少優勝(17歳3ヶ月)かつ、アジア人ルーツで男子唯一のグランドスラム優勝者。今は錦織のコーチ。 ●フアン・カルロス・フェレーロ(スペイン):ザ・ストローカー。細身の体から愛称はモスキート(蚊)。今はアルカラスのコーチ。
3.グラスコート
グラスコートとは、その名の通り天然芝によるコートだ(grass=芝)。芝生の維持管理にコストと手間がかかり、現在では最も少ないコートとなっている。男子ツアーでも6月~7月初旬に8大会しかなく、全て参戦しても年間5大会しかグラスコートで試合をする機会がない。ウィンブルドンに代表されるように、伝統的な意味合いが強くなっているように思われる。
コートの中では球足が最も速く、バウンドも低いためポイントが早く決まり、アップテンポな試合になる傾向がある。強力なサーブを持つ選手やボレーを多用する選手、フラットで攻撃的な選手に有利になる。だからと言って、単純な攻撃的試合ばかりというわけではない。バウンドは低く滑るため、スライスが非常に有効だ。ボレーに対するパッシングショット(ネット際に詰めた選手の横を抜くショット)では鋭角に打つ技術も必要となる。さらに、芝が薄くなったことで起こるイレギュラーバウンドの予測と対処も求められるが、それには経験が重要だ。したがって、試合においては早いタイミングでの攻撃的展開の中に、状況に応じた技術と経験が見られるだろう。
代表的選手(〇現役/●引退済;2022年6月現在) ○ロジャー・フェデラー(スイス):BIG3(非人間)の一人。華麗なテニスで大人気のため、世界中どこでもホームおじさん。GOAT候補。 ○ダスティン・ブラウン(ドイツ):ドレッドヘアーがトレードマークのサーブ&ボレーヤー。ダブルスも得意。 ●ピート・サンプラス(アメリカ):テニス史上屈指のオールラウンダー。弱点は地味すぎること。 ●ジョン・マッケンロー(アメリカ):数少ないシングルス、ダブルスとも世界ランク1位。審判へのクレーム、暴言が多い「悪童」。 ●ビョルン・ボルグ(スウェーデン):強烈なトップスピンをテニスに取り入れた「現代テニスの父」。
4.試合への影響
コートサーフェスが変わるとボールの跳ね方も変わり、試合展開や有利なプレイスタイルにも大きな影響が出て来ることは、上の動画でもおわかりいただけるのではないだろうか。さらに、テニスファンなら誰もがご存じの2選手の対戦成績からも見てみよう。2022年5月現在、ナダルとフェデラーの対戦成績はナダルから見て24勝16敗。コート別にすると、ハード9勝11敗、クレー14勝2敗、グラス1勝3敗である。例としては些か極端な2人ではあるが、ロングラリーが得意なナダルがクレーで大きく勝ち越し、サーブ力と攻撃的展開が得意なフェデラーがグラスとハードで分が良いことがわかる。
また、下の表はフェデラーとナダルのクレーでの全試合のスコアを抽出したものだ。太字にしているMadrid(以下「マドリッド」)とHamburg(以下「ハンブルグ」)での大会のスコアに注目していただきたい。それぞれの大会でフェデラーが1勝ずつしており、負けてもセットを奪う、タイブレイクに持ち込むなど比較的善戦していることがわかる。
年 | 大会 | サーフェス | 勝者 | スコア |
2019 | Roland Garros | Clay | Nadal | 63 64 62 |
2013 | ATP1000 Rome | Clay | Nadal | 61 63 |
2011 | Roland Garros | Clay | Nadal | 75 763 57 61 |
2011 | ATP1000 Madrid | Clay | Nadal | 57 61 63 |
2010 | ATP1000 Madrid | Clay | Nadal | 64 765 |
2009 | ATP1000 Madrid | Clay | Federer | 64 64 |
2008 | Roland Garros | Clay | Nadal | 61 63 60 |
2008 | ATP1000 Hamburg | Clay | Nadal | 75 673 63 |
2008 | ATP1000 Monte Carlo | Clay | Nadal | 75 75 |
2007 | Roland Garros | Clay | Nadal | 63 46 63 64 |
2007 | ATP1000 Hamburg | Clay | Federer | 26 62 60 |
2007 | ATP1000 Monte Carlo | Clay | Nadal | 64 64 |
2006 | Roland Garros | Clay | Nadal | 16 61 64 764 |
2006 | ATP1000 Rome | Clay | Nadal | 670 765 64 26 765 |
2006 | ATP1000 Monte Carlo | Clay | Nadal | 62 672 63 765 |
2005 | Roland Garros | Clay | Nadal | 63 46 64 63 |
(https://www.atptour.com/en/players/atp-head-2-head/roger-federer-vs-rafael-nadal/F324/N409)】
実はマドリッドとハンブルグはクレーコートの中でも球足が速いことで知られている。特にマドリッドは標高667mと比較的高く、ボールがよく飛ぶことも加わって高速クレーとされる程である。このように、同じクレーコートでも大会ごとに球足やバウンドは変わるのである。さらに、同じ大会でも毎年コートは調整されており、ボールの跳ね方は微妙に変化している(例として2014年と2017年の全豪オープンの動画を掲載する)。各グランドスラムの1~2日目にその年の球足の具合が話題に挙がるのはお馴染みであり、それが勝敗を左右する重要な要素であることを表している。
以上のように、プロテニスにおいては、コートの違いによるプレイスタイルの相性は、勝敗に非常に大きな影響を及ぼす。さらに細かい点を挙げると、会場の標高、使うボールのメーカーによる質の違い、試合期間の現地の湿度などの天候条件等、他にも多くの要因が存在する。特にコートサーフェスが変われば試合展開も大きく変わる。その多様性こそが他のスポーツにはないテニスの大きな魅力の一つなのである。