都下自伝(3):【八王子】前編

東京都下=多摩エリアの郊外的な都市生活を、ある男性の人生に沿って描き出す。この都市論は、町田の団地から駅前の市街地、八王子の住宅街や多摩センター・立川といった南多摩エリアを中心に、やがて都心へと展開されていくだろう。

Written by 東亜茶顔

これは、ある男性への自伝的なインタビューから、東京の23区外=都下に住むとはどのような経験なのかを描き出す試みである。

中学受験を経て、男子校で6年間を過ごすことになった彼は、学校の所在地である国立、遊び場である立川に何を見、何を感じたのだろうか。

1.国立プリズンへようこそ

Q:いよいよ中学・高校時代のお話に入っていきます。冒頭で桐朋高校と聞いていますが、中高一貫校ですね。

A:そうだね。しかも男子校。6年もいたから正直どっかおかしくなってると思う(笑)。

Q:そんなにですか(笑)。少し中学受験の話を引きずりますが、共学は受けなかったんですか?

A:今でこそ選択肢も増えたけど、あの当時、共学で偏差値良い学校ってあんまりなかったんだよ。千葉が近いなら渋幕(渋谷教育学園幕張中学・高等学校)とかもあったけど、通学圏だと早慶の付属くらいしか選択肢なくて。神奈川の方の学校をいくつか受けたんだけど、全部男子校だったね。で、最終的には進学実績とか交通の便を見ながら桐朋に決めた感じかな。

Q:男子校に行きたい、って気持ちは当時ありましたか?

A:たしかに振り返ると、小学校の女子が男子よりデカくてコギャルっぽくなってきて怖いとか、塾の女子も気は合うけど口うるさいとか、男友達さえいれば幸せだ、とか思ってたふしはあるけど、深くは考えてなかったな。男子校しか選択肢ないことを、優秀な奴は男子校に行くもんだ、にすり替えてた気もする。

Q:そうして実際桐朋に入るわけですけど、いかがでした、実際入ってみた感想は?

A:めちゃくちゃ良くいえば、落ち着いてのんびりした、悪く言えばもっさりした閉塞感のある感じだね。場所が、というより人とか国立の雰囲気が。

Q:その印象はどういうところに感じたんですか?

A:国立って、春先は駅前からバーっとメインストリートが桜並木で、ほぼ平坦な道が続く、っていう感じの町なんだよね。で、駅前に緑地化したロータリーみたいなのがあって、桜並木の左右にそれぞれ中くらいの道がある。

Q:そこだけ聞くと良い印象を受けますね。

A:ただ、あそこって国立市が文教地区に指定されてるせいで、繁華街とかパチンコとかないんだよ。街としての猥雑さとか隙間っていうのかな、そういうものがない。じゃあ移動すると楽しいかっていうと、メインストリートをまっすぐ行くと谷保っていう南武線の駅なんだよね。その辺りはパチンコ屋とかもあったけど、全然栄えてない。一時期通学に使ったけど、店もそう多くないし、部活終わりとか通ると寂れた感じがしてたよ。

Q:国立駅周りの華やかさに比してですかね。

A:そんな町にある学校だからさ、閉塞感があるわけ。自分が感じたのと似たようなことが、マイク・モラスキーって学者の本に書いてあった気がするけど、ともあれ、なんとなくどこにも行けない感覚に陥る場所だったな。

Q:男性だけの世界、ですもんね。

A:中学生の頃とかほとんど猿の群れと変わらないからね。自我がない。動物園か刑務所か。ラッパーの宇多丸がたしか巣鴨高校出身で、巣鴨プリズンなんて言ってたらしいけど、さながら国立プリズンだよ。町ごと監獄みたいだった。

2.再びの八王子

Q:そういえば通学の話が途中出ましたけど、どんなルートで通われてたんですか?

A:えっとね、実は中1の終わりくらいに町田から八王子の新興住宅地に引っ越したんだよね。で、町田からの時はバス乗ってから横浜線使ってたんだけど、八王子引っ越したら選択肢が結構増えて。これまでと同じ横浜線使うルートと、南武線に回るルート、それと多摩モノレールがあって。どれも試して、結局横浜線使ってたんだけど、モノレールはちょっと楽しかったな。

Q:どんなところが楽しかったんですか?

A:まずモノレールの非日常感。日常生活でモノレールってほぼ存在しないじゃん。で、モノレールは普通の電車より高いところを行くから景色も違う。中央大学とか、多摩動物公園とか通るから不思議な気分だったよ。しかも、とにかく空いてた。座れなかったことはないね。横浜線とか南武線とか中央線とか、通学時間ってとにかくクソみたいな状態なんだけど、多摩センターから始発なのもあって絶対座れた。乗り換え駅が立川なのもポイント高かったね。

Q:すごくいいですね。少し前に町田まで延伸する計画があったと聞いたので、それも含めて繋がりを感じます。

A:ただ運賃高いんだよね。家から新宿行くよりも多摩センターから立川行く方が高い。たしか当時400円くらいしたかな。さすがにすぐ通学では使わなくなったけど、疲れた時とか時々乗ってたね。

Q:それは中高生にはちょっと贅沢ですね。八王子に引っ越したってことでしたけど、どの辺りか聞いても大丈夫ですか?

A:あー、最寄駅名はちょっと怖いから言えないけど、アウトレットとかコストコとか車で行けるエリアだね。町田と違って治安も良いし、週末とか賑わってる場所だよ。緑が多いのは前の団地と似てるね。近所には年の近い子とかもいたけど、まあ引っ越してきた人間が集まるエリアに住んでたのもあって、いわゆる地元の子たちとは何の接点もなかったね。

Q:たしかに、同じ中学に行くわけでもないですもんね。

A:だから少なくとも中高の頃から今まで、八王子を地元だ、って感じたことはないな。いわゆる八王子駅のあるような市内の方でもないし。心の地元は町田だけど、引っこ抜かれて移動して、根無し草になった気分だったよ。故郷喪失なんてほど大層なものじゃないけど、どこにも属してない感じは今もあるかな。

3.すた丼、ラーメン、ゲーセン

Q:となると、当時帰属意識があるのは、もしかしたら中高になるわけですかね。

A:まあそうだね。地元は離れたし、近所に友達はいないし、結局当時の拠り所というか、自分が何者かってのは学校に依存してたのかもね。当時はまだ他のコミュニティも持ててなかったし。

Q:もしよろしければ、何か印象深い学校生活の思い出を教えていただけますか?

A:高校生活はおいおい話すと思うから、まずは中学に関して話そうかね。部活とかクラスの友人とか色々あるけど、一応聞いてたテーマに沿って話すなら、やっぱ町に関わる場所の話だよね。で、キーワードを挙げるなら、すた丼、ラーメン、あとゲーセンかな。

Q:すた丼、ラーメン、ゲーセンですか。その3つを挙げた理由をそれぞれ伺っていってもいいですか。

A:まずすた丼は、一応国立発祥らしい、って程度で、しかも発祥の店は行ったことない(笑)。ただ、若さと食欲の象徴だなと思って。部活帰りとか塾帰りとか夏期講習の昼飯とか、とにかく腹減ってる時に行く店で、人生で初めて無茶苦茶な量のメシを食う経験をした場所、って感じかな。そういう店は各々の人にあるんだろうけど、自分にとってはすた丼だった。男子校の数少ない良いとこは、ニンニク気にしなくていいことかもね(笑)

Q:なるほど、たしかにラーメン二郎とか、大盛り系のお店って学生街のイメージですよね。

A:まさにだね。で、ラーメンってのは、まあ今も好きなんだけど、これは立川の話だね。ちょうど中学行ってる間かな?立川にラーメンスクエアってのができて。横浜のラーメン博物館のもっとエンタメ感ある感じというか。親も九州の人だからラーメン好きで、一緒に行ったりして。なんか自分の人生、ずっとラーメンがブームだなって思うんだよね。で、自分にとって重要なラーメンっていくつかタイミングあるけど、習慣的にラーメン食べるきっかけって確実に中高の頃に素地ができてて、場所的には立川がポイントだった。振り返ると町田は横浜家系の影響下にあったんだけど、当時はまだよく知らなくて。立川は店の入れ替わりも激しいし色んなジャンルの店が来てたから、初めての〇〇ラーメンを食べたのは立川が多かったかも。

Q:例えばどんなラーメンを立川で初めて食べましたか?

A:二郎インスパイアとか、横浜家系とか、クリアな塩ラーメンとか、イタリアンとか他ジャンルと混ざったようなやつとか、そういうのかな。九州の豚骨ラーメンは親の実家に帰った時とか食べてたし、すみれの味噌ラーメンとかは家族旅行で札幌行った時食べたんだよね。あ、すみれで思い出したけど、ぶぶかって油そばのカップ麺あるじゃん。あのぶぶかを初めて食べたのは国立だったよ。冷やし中華とかつけ麺に衝撃を受けた世代が上にいるとしたら、多分俺らは油そばに食らった世代かもなあと思う。

Q:食べ物の記憶と変遷って面白いですね。しかもそれが国立や立川と結びついているんですね。

A:結局、自分の行動範囲内で観測したものがある程度の指標になるのかな、って思うよ。中高生なんて金もないし、酒も飲めない。ましてや都心から離れた男子校だから、特に中学の頃とかイケイケな感じもない。ってなると、定期券の範囲内で行けるとこ行って、小遣いの範囲で遊ぶ程度なんだよね。うちバイト禁止だったから、つまるところ親の財布の開き加減次第、って感じだった。もちろん、今思えばルールを破って開けた世界もあったんだろうけどね。そのくらい、国立か立川、あとは家にしかいなかった気がするよ。

Q:となると、最後のゲームセンターの話もこれらのエリアのお話ですかね?

A:そうだね。幼稚園ぐらいからスーパーファミコンとともに歩んできて、家庭用ゲーム機に親しんできた中で、何人かの友達が音ゲーとか格ゲーをやるようになって。それでたまに遊びに行きがてらゲーセン行くようになったんだよね。周りではカップルとか男女グループでクレーンゲームしたりプリクラ撮ってる中、野郎ばっかり連れ立って音ゲーなら『BeatMania』とか『GuitarFreaks』、『DrumMania』、格ゲーだと『鉄拳』とか『ギルティギア』、あとは『MELTY BLOOD』とかやってる奴もいたな。自分は別にゲームが上手い方ではなかったし、友人たちほどオタクでもなかったから、そこまでのめり込まなかったけど、好きな奴はしょっちゅう通ってたね。たしか1人全国大会行った同期もいたかな。

Q:全国大会とはすごいですね。

A:で、街との関わりで行くと、みんなで遊ぶ時とか、よその町とか学校の奴と対戦したい時は立川に、少人数の仲間内で溜まってる時は国立に、っていう使い分けがあったね。国立にUFOって小さいゲーセンがあって、そこが溜まり場になってたね。運動部の連中とかほとんど来ないし、タバコ吸ってるサラリーマンとかはいたけどガラも悪くなかった。立川は大きい箱も多いけど、不良とかヤンキーも多くてね。空手やってる奴が絡まれて返り討ちにした、みたいな話がまことしやかに噂になったこともあったよ。

Q:それは一駅変わっただけでなかなか物騒ですね。

A:街の成り立ちからして、国立にあった胡散臭いものとかガラ悪いものを引き取ったような部分があるらしいからね、立川は。風俗とかも多いし。ただ、その分立川には余白というか、よくわからない隙間みたいなものが街としてあって居心地は良かったかな。今は小綺麗になってきたみたいだけど。

Q:たしかIKEAができたり、ららぽーとができたり、昭和記念公園のあたりで再開発が進んでるみたいですね。

A:そうそう。シネマシティって映画館の周りなんかは元から小綺麗だったけど、あの辺がモノレールに沿って綺麗になってってるみたいだね。南口方面は相変わらずだけど。中高生からすると、繁華街があるから適度に大人の香りがしつつ、ゲーセンとか映画館もあって、友達同士でもデートでも来られるような街、って感じだったね。あと、国立にはある閉塞感が立川にはない。

Q:相当国立の閉塞感にまいっていたんですね。

A:それがもっとひどくなるのが高校時代なんだけどね(笑)

(続く)

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