テニスと政治:今年のウィンブルドン反省会【前篇】

今年のウィンブルドンが閉幕してから一か月。コロナ禍とウクライナ戦争がともに終わりを見せない世界で、ウィンブルドンはどのように開かれたのだろうか? テニス好きの二人が語る今年のウィンブルドン男子シングルスの反省会。前編。

Written by イサク&ハマー

【本記事の画像は全てATP公式サイト(https://www.atptour.com/)から引用しました。】

寂しいウィンブルドン

イサク:あらためてですが、お疲れ様です。今回のウィンブルドン男子、どうでした? いくつかのトピックに分けて話を進めていければなと思うんだけど、まずはそもそもウィンブルドンを外から取り巻く問題というものがね、やっぱ今回はあるのかなと思っていて。一つはコロナ禍です。世界中が疫病の脅威に晒されている。さらにそれに加えて、今回のウィンブルドンでは戦争というトピックが出てきていたわけです。ロシアによるウクライナ侵攻。ついでに僕らがウィンブルドンを観ていた日本では、大物政治家が演説中に射殺されるという事件もあった。疫病、戦争、暗殺なんていうと、なんかまるで第一次世界大戦の頃に生きてるような気持ちになるね。スペイン風邪と世界大戦と政治家暗殺。暴力の世紀としての20世紀の始まりにも、そういう状況があった。そういう状況では、いやおうなしにスポーツも影響を受けざるを得ない。そういうなかで、今年のウィンブルドンも始まったのかなと思っています。どうでしたでしょうか?

ハマー:それじゃあ、今回のウィンブルドンにおけるロシアとベラルーシ出身の選手の不出場措置問題について話すところから入ろうかな。始まる前ね、政治的な主張は一度置いておいて、大会を楽しむっていう観点から言うと、正直俺は、たいして変わらねんじゃね?みたいに思ってた(笑) 男子のロシア選手なら特にメドベージェフとルブレフかな。そこまで優勝候補でもないし。ベラルーシの選手は、男子はそこまでいないしね。

イサク:でもメドベは世界ランキング1位だよ?

ハマー:でも彼は芝得意じゃねーし(笑) 大きい影響ないかなと思ってたんだけど、でも蓋を開けてみると、やっぱりちょっと寂しい。メドベとか、ウィンブルドンで優勝候補の筆頭にはならん。けど芝のプレーが発展途上というところを見る、楽しむという面はあったなとかって。メドベやルブレフは、優勝は厳しくても、ベスト8とかに入っても不思議はない選手やしね。ルブレフにも同情するかな。プレースタイル的には芝があってると思うから。政治なしで純粋に大会を楽しむっていう観点からは、結果的にあまり良くなかったかなっていう…。

イサク:出場停止というウィンブルドンによる対応については?

ハマー:そもそも、ロシア選手を排除するのは何か意味があるのかなって思ったな。テニスというスポーツは、完全に個人が中心やしさ、国家単位で排除したところで何が変わるんやろかっていう疑問がある。

テニスのコスモポリタニズム

イサク:国別やら何やらの大会もあるし、名前の後ろに国名入るのが一般的ではあるけれど、テニスファンは国単位で応援したりはしないよね。個人技としての印象が強い。ナダルを応援している、フェデラーを応援しているのであって、スペインやスイスを応援しているわけではないという感じが非常に強いスポーツ。そして選手たちも、視聴者よりもはるかにコスモポリタンなところがある。ロシアで生まれたからといってロシアでテニスを学んだとは限らない。幼い頃からアメリカやヨーロッパのスクールでテニスやっていたりする。

【画像:ダニール・メドベージェフ。彼は幼い頃はフランスのスクールでテニスを学んだという。】

ハマー:メドベにしろ、ルブレフにしろ、結構しっかりとこの戦争に反対の意思表示をしてるし、ちょっと可哀そうやなって思うかな。ATPはロシアの国旗と国歌を禁止の上で出場可能にしてる。落としどころとしてはそれぐらいが一番いいのかなとは思ってて、排除はやりすぎやし、排除することで、戦争への抑止力になるわけじゃない。戦争を止めることに対して何か貢献できるわけでもないし、正直意味ないかなって思うな。

イサク:そうだよね。意味あんのかよそれって思うよね。

ハマー:ただね、一方で、ウクライナ人選手の心情を慮るとね、つまり、「ロシア選手と同じ大会に出て試合したくない」とかっていう気持ちもあるのかなって。それもどうかとは思うけど、やっぱり侵略されている側の気持ちがそうであるなら、そこはちょっと配慮してもいいのかなって思うところもある。難しいね。有名なウクライナ出身選手というと、女子のスビトリーナぐらいかと思うけど、その人らの声としては、「まあ国旗と国歌を使わないっていうのであれば、ギリギリ許せるよ」ぐらいのことを確か言ってたと思うし、やっぱりそこらへんが落としどころじゃないかな。

イサク:いまプーチンやプーチンを支持しているロシア人と、自分たちがいつも毎年ツアーを一緒にしているロシア出身のプロのテニスプレイヤーたちとは、ウクライナの選手側も結構切り分けて考えることができていそうな気もする。テニスというスポーツは、本当に世界中いろいろ飛び回っているからさ。みんながみんなロシアのプロパガンダに染まっている訳ではないし。

ハマー:うん、だからやろうね、その選手の中でも反戦のメッセージを明確に出した人もおった。メドベなんかも自分のインスタでロシア国旗を外してる。まぁロシアではすげぇ批判されたらしいけど。

ウィンブルドンへの代替案

イサク:コスモポリタンな対応だと思うよ、ボクは。しかし今回のウィンブルドン側の対応は、ほかのグランドスラムとちょっと違ったわけじゃん。そこはどう思った?

ハマー:やっぱウィンブルドンの保守性というかな。表向きは、ウィンブルドンの名で運営がやってるわけだけど、国からの要請もあるのかなってちょっと思うんやけど。結構イギリスってさ、ロシアの侵攻に対して強硬な部分があるやん。そういうところが今回出たのかなって気もする。ロシアの今回の侵攻に対する制裁っていうことなんやろうけど、なんかグランドスラムとしてだけではなく、非常に伝統的なイギリスの試合っていう面をウィンブルドンって俺らが思っている以上に抱えているのかなっていう。良くも悪くも、ゴリゴリに伝統を持っているからね。

イサク:かといって、ロシア選手も全米には参加できるんじゃないの? 面白いのがさ、全豪と全米はコロナ・ワクチン問題でジョコビッチが参加できないわけでしょう。なんだい、世界ランキングトップクラスのメドベとジョコが揃うことはないのかっていうね(笑)

ハマー:本当そうやな(笑) ロシア勢の話に戻すと、ルブレフ自身が言ってたんやけど、いくつか「こういうのはどう?」みたいな提案も出してて、つまり、ロシア人は出場してもいい代わりに賞金を全部ウクライナ側に寄付するってふうにしたらどうかっていうね。「そしたらウィンブルドンの価値もあがるし、僕たちも喜んでそれを受け入れるよ」みたいなことを言ってたんや。ルブレフは偉いな。ほかのコメントを見ても、割としっかりロシアを批判するし。本当に、なんでそれじゃダメなんだよって気持ちになったもん。ルブレフやメドベが優勝したら、ウクライナへの人道支援金みたいな形でね、あの何億っていう金が行くんだと思うと、まあ変な話だけど、ロシア勢をちょっと応援したくもなるようなさ。そういうふうにできたらよかったのに。

注目すべき選手たち

イサク:あの、それでどうですか? 実際に試合が始まってからの話では。

ハマー:じゃあ僕らがここ最近非常に期待していたアルカラスから。初戦からフルセット逆転勝ちだった。相手はドイツのシュトルフって選手。アルカラスはまだ20歳前でしょう? 19歳とかだね。それでさ、しっかりフルセットやってもスコア見る限り全然調子とかスタミナに波ある感じしない。そういうところでも、ますます有望だなって思って見てるわ。一回戦でいきなりフルセットかっていうのはあるけど、まあ一回戦はやっぱりどの選手にしても一番難しいって言うからね。で、二回戦はグラスコートの湿り気による変化に戸惑いつつも普通にストレートでとって、三回戦でオスカー・オッテだったわけですよ。

イサク:オッテは油断できないベテランだね。しかもアルカラスはウィンブルドン初の三回戦?

ハマー:そうやね。二度目の参戦にして三回戦いった。しかもオッテにもストレートで圧勝。そして次の四回戦。そこでヤニク・シナーにあたる。シナーは第10シードで20歳と歳も近い。シナーもウィンブルドンでの実績はあまりなかった。この注目のカードを制したのは、アルカラスではなく、シナーでした。

イサク:シナーはもう本当にトップ選手って感じだよな。まだそんなに若いか。

ハマー:それで今回びっくりしたのが、アルカラスの方がシードは上やったところ。アルカラス、第5シードやったもんな。いつのまにそんな伸びたの?っていう(笑) で、結局シナーは初のベスト8入りからそのまま準決勝にまで上がって、ジョコビッチ相手に最初のセットを取ると言うね。今回は、結構シナーは頑張ったなと思ってて。勝ち上がりはけっこう順調に行ってたし。でもジョコビッチとの試合がね。どうやらちょっと5セットマッチの戦い方がまだ上手くないみたいなところは結構言われてるらしくて、それはあったかもね。

イサク:5セットマッチっていうのはずっと全力でできるわけじゃないし、そこら辺はまあちょっと課題だってシナー本人も思ったりしてるのかな。シナーは今回でちょっとジョコビッチとの差がでたとは言え、ある種の勢いというものはあったと思う。で、ちょっとまあ、今回他に目立った選手として同時に名前を挙げておきたいのが、僕ら世代なら知っているはずのダビド・ゴファンなんだよね。

【画像:ダビド・ゴファン。1990年生。彼は、2009年からプロデビューをして活躍している。】

ハマー:俺も俺も。ゴファンの活躍はちょっと嬉しかったよ。この大会の少し前からなんか勝ち始めてるなと気づいてた。今大会は特に四回戦はすごかった。相手はイサクさんの好きなティアフォー。4時間を超える死闘を制して、ゴファンはベスト8入りしたな。次の準々決勝でキャメロン・ノリーにフルセットの大激戦で負けてしまうけれども。ダビド・ゴファンここにありって感じが素敵やったね。錦織世代の選手だし、頑張ってると嬉しいよな。自分でもいまならまたランキング登れるって自信ついてるみたいやし。

イサク:かのベルギーテニスの女帝エナンが、「ゴファンなくしてベルギー男子テニスの未来なし」と語ったなどと伝わるゴファンだもんな。ここ何年かあまり目立ってなかった気もするけれど、今大会では熱い試合を見せてくれたね。今回なんかここにきて一瞬、エナンが言うベルギーテニスの未来を垣間見るようなところがあった。

(続く)

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